Archive Walker

君のためなら生きてもいいかな

二〇二三年八月十一日

君のためなら生きてもいいかな

モスバーガーの恋と愛

二〇二三年八月十一日。僕は、延長手続きをするために図書館に向かっていたが、図書館が閉館日であることに気がついたため、噴き出す汗を沈めようと、行き場を失った本を抱えながらモスバーガーに入店して、アイスコーヒーを頼んで一息つくことにした。僕の右隣では、ニューエラの帽子を付けた小学生の男女がポテトを食べながら楽しそうに戯れて、僕の左隣では、赤ちゃんを連れた家族づれが幸せそうに話していた。両隣に異なる幸せのかたちを見た僕は、それを恋と愛の違いに置き換えてみたのだろう。この瞬間を楽しんでいる小学生の恋と、赤ちゃんのために生きなければならない母親の愛の対比だろうか。タナトスとエロスの違いだろうか。僕はこう書いていた。

自我論集

山地大樹

恋と愛の違いについて

君のためなら死んでもいいかな、なんて思えるひとは幾らでも見つけることができるけど、君のために生きてもいいかな、なんて思えるひとは何時も一人だけしかいない。多分だけど、君のためなら死ねるというのは恋であって、君のために生きるというのが本当の愛なんだと思う。だから、僕は君のために生きなくてはならない。たとえ君が死んでしまったとしても。いつまでも君のために。

季山時代
2023.08.11