Archive Walker

不思議な紙と美しい音

二〇二四年一月三十一日

不思議な紙と美しい音

グラデーションと不思議な紙

二〇二四年一月三十一日。僕はウェブサイトのデザインをしながら、ウェブが可能にした新しい表現は滑らかに動くグラデーションだと確信していた。もし、それが現実世界に飛び出てきたらどのようになるのか、を想像していたのである。また、阿部謹也のハーメルンの笛吹き男の興味深い分析を読んでいたこともあり、その影響もあると考えられる。僕の書いた文章を見てみると、美しい世界を大衆に共有することへの罪意識が描かれている。結局のところ、こうした罪意識が産み出した帰結は誰一人幸せにしないのだろう。僕はこう書いていた。

ハーメルンの笛吹き男

山地大樹

不思議な紙を拾う

あく日、街を歩いていると、一枚の不思議な紙が風に吹かれて飛んできました。飛んできた紙を拾いあげると、グラデーショナルな淡色が移り変わってゆき、目を疑うほどの美しさに息を呑みました。僕は、その紙をそうっとポケットにいれて持ち帰ることにしました。そわそわしながら家に帰り、紙をまじまじと観察してみると、そこには十二個の細長い穴があけられていました。十二という数字に何か意味があるかもしれないと辞書を開くと、シェーンベルクの十二音技法にたどり着いたので、この紙は天国から落ちてきた楽器なのかもしれないと感じて、試しに指で弾いてみましたけれども、とりたてて何の音色も奏でることはありませんでした。これが楽器でないなら何だろうと溜息をついたそのとき、突然、天使の声のような澄みきった音が響きわたりました。あまりの美しさに身体が喜んで踊りはじめました。どうやら、穴のなかに空気を通過させると鳴る楽器のようでした。

音を鳴らしながら街を練り歩く

それからというもの、不思議な紙を抽斗のなかに大切に保管して、なにか嫌なことがあるたびに、抽斗をあけ、息を吹きかけ、楽器の音色を聴くという習慣ができました。この音色を聴くと不思議と優しい気分になれるからです。そんな日々が続いた数年後、僕はこの音色を世界に響かせようと考えました。そうしたら、世界中が優しい気分に包まれて、戦争も暴力もなくなると考えたからです。そこで、手のひらより少しだけ大きな音のメガホンを用意して、その増幅装置に向かって音を鳴らしながら街を練り歩きました。街中に優しい雰囲気がひろがって、人々は笑顔になりました。しかしながら、人々のなかには耳が悪い人もいるもので、街中が笑顔になっているなか一人だけ笑顔になれないことに疑問を感じて、俺も音を聞きたいと泣きはじめました。僕は、その男にも綺麗な音を聞かせてあげたかったのですが、耳を治癒することなどできず、結局のところ帰るしかありませんでした。男は、そんな素敵な楽器をどこで手に入れたのか教えてくれよ、とぶつぶつ言いながら悲しそうに家に帰りました。

不思議な紙を捨てる

その日から、耳の悪い男の悲しそうな顔が頭から離れませんでした。みんなに綺麗な音を聞かせてあげたかっただけなのに、その気持ちによって一つの悲しさを産み出してしまったのです。僕は、耳の悪い男の顔を想いながら、不思議な紙を捨てることを決めました。こんな与えられた紙一枚で世界を平和にしようなんて、不公平で不誠実だと考えたからです。勿体無いという気持ちを押さえながら、不思議な紙をびりびりに破いて護美箱ごみばこに放りこむと、耳の悪い男と同じ気持ちになれたようで、少しだけ嬉しくなりました。それから数日経って街を歩いていると、あの綺麗な音をまた聴かせて欲しいと街の人々に要求され、不思議な紙は捨ててしまったことを説明すると、あんな綺麗な音をする紙を捨てるなんて罪悪だと、拘束され、連行され、すぐに死刑が決まりました。罪状は与えられた不思議な紙を捨てたことでした。僕は、死刑の直前、見物に来ていた耳の悪い男が笑っているのが見えました。世界はなんて醜いのでしょうか。

季山時代
2024.01.31