黄色いバスケットボールが弾けて消えた
黄色いバスケットボールが弾けて消えた
檸檬の連想
二〇二四年一月三十日。僕は、紫と黄色のイメージに囚われていた。そこから連想されるのは、ムラサキスポーツのロゴである。ムラサキスポーツからバスケットボールの連想にたどり着くのは苦ではない。ひとつ想い出したのは、学生時代に一つのボールが道路に転がり出して、車に轢かれて、弾けて消えたのを見たことである。その印象が残っていたのだろう。また、黄色いバスケットボールが爆発する檸檬の印象に結びついたのかもしれない。燈路のトマトがどこから出てきたのかは不明である。僕はこう書いていた。
山地大樹
紫の少年と黄色いバスケットボール
青空が澄みわたる火曜日の朝。近所のスーパーで買い物をしたあと、一匹の白い猫を追いかけて開かれた公園にたどり着いた。公園には古びたバスケットゴールが設置されていて、蜘蛛の巣のようにボロボロのゴールネットと、唇のようにピカピカなゴールリングが、電波塔のようにゴツゴツした脚で支えられていた。数学的な比例に準じて設計されたであろう工作物は、古い映画のポスターに出てきそうな匂いがした。気が付くと、一人の紫色の少年が何処からかやって来て、夢中になってボールを投げはじめていた。入ったり入らなかったり、リングにあたって予期しない方向にボールが転がって行く様子が、平日の朝に特有の穏やかさを演出していたから、絵になりそうな平凡な風景だボオッと眺めていると、リングにあたって跳ね返ったボールが足下に転がってきた。ボールを拾おうと腰をかがめると、ボールに釘付けになって全身が硬直した。この世のなによりも黄色かったからである。そのボールは、エナメル素材でできているのか、光を反射してとてもギンギンに輝いている。嫌らしい黄色ではなくて、本に蛍光ペンで線を引いたときのような澄んだ黄色で、あまりに美しさに驚いた。
ドリブルと黄色い線
紫色の少年はこちら駆けより、黄色のボールを拾いあげて恥ずかしそうに笑ってから、バスケットゴールへと引き返した。綺麗な顔の少年だと思ったのも束の間、少年が後ろを向いた時には顔は忘れてしまっていた。残されたのは、綺麗な顔だという印象だけである。木陰のベンチに座りながら、黄色いバスケットボールが弧を描いたり、ゆっくり跳ねたりするのを目で追っていた。いつのまにか、白い猫は何処かへと消えていた。少しだけ時間がたった後、紫色の少年がベンチに向かって歩いてきて、隣を指さしながら「ここ座っていい」と尋ねた。いいよ、という答えを待たずして少年は腰かけた。特に言葉は流れない沈黙のまま、風が緑を揺らす音が心地よく響いていた。心地よい沈黙をそうっと捲るように、「僕はバスケがうまいんだ。 学校では一番なんだ」と少年が口を開いて、ベンチに座りながらボールを突きはじめた。ドリブルの速度がはやくなるにつれて、黄色いボールは一本の黄色い太い線へと近づいていった。
爆発するボール
一定のリズムを刻んでいたドリブルの音が不意に途切れた。少年の靴にボールがあたって違う方に転がったのである。あっ、という声が響いた。みずからが発した声なのか、少年が発した声なのか分からなかった。ボールはコロコロと転がって、草むらの隙間を抜け、歩道の白線を跨ぎ、ガードレールを越え、道路のうえに飛び出し、ちょうど走ってきた車にぶつかり、パンッと乾いた音を立てて弾けて消えた。時間が止まったようだった。車は、ボールにぶつかったことにすら気づかず、そのまま走り抜けて行った。数分の沈黙が流れたあと、「あのボールお気に入りだったのに、消えちゃった」と少年は悲しげに呟いた。言葉を返す代わりに、スーパーのレジ袋から赤いトマトを取り出して、バスケットゴールに向かって放り投げた。冬の爽やかな快晴の空のうえ、トマトは滑らかに弧を描いてゆく。少年はトマトを目で追っている。トマトはゴールに届くこともなく、徐々に勢いを増して地面にぶつかり、パンッと音を立てて弾けた。あのトマトはハヤシライスに入れるはずだったんだ、と少年に声をかけると、悲しいね、と少年は嬉しそうに笑った。少年の頬は赤く染まっていた。
季山時代
2024.01.30
