Archive Walker

その膨らみが怖くて仕方がない

二〇二三年八月二日

その膨らみが怖くて仕方がない

未知なる人の権力

二〇二三年八月二日。僕は前日の夜、友人とお酒を飲んで楽しい気分になり、多数の人に連絡を取ろうと試みていた。お酒を飲むと誰かと話をしたくなるのが僕の習性らしい。そして当日の朝、僕は目覚めると同時に深い罪悪感に溺れているように見えた。僕は、僕の奥底に潜む未知なる人が、想像以上の権力を持つことに怯えていたのだろう。また、左記の文章には、木村敏の親密な未知性という言葉が影響しているように見える。僕はこう書いていた。

分裂病と他者

山地大樹

未知なる親密な人の憑依

自分の奥底に未知なる人がいる、というのは誰もが感じている事実だろう。その未知なる人は、未知なる無気味な人ではなくて、未知なる親密な人である。奥底で息を潜める未知なる人と、僕は折り合いをつけて共存しているから、未知なる人に恐れを感じることはない。酒を飲んだとき、夢を見たとき、疲弊したとき、その未知なる人は勢力を増して僕に憑依する。憑依の状態になると、僕は僕を失ってしまうし、憑依が覚めた後に反省することも数多くある。それでも、憑依そのものは怖くない。事後処理が面倒なだけで、憑依そのものは決して怖くないのである。憑依は未知なる親密な人が溢れ出すことであり、むしろ、普段から表舞台に立つことができない未知なる人に人権を与える喜びすらある。

愛撫が膨らむとき

ただ、未知なる人との関係のなかで、本当に怖いことが一つある。未知なる人が僕に憑依したとき、空洞でしかない意識を失っている僕が、未知なる人の行為を膨張させているように感じることである。憑依が覚めたとき、未知なる人だけでは為せないはずのことを、未知なる人が為していることに気が付く。多分、僕が未知なる人の行為を助長しているのだろう、それも無意識のうちに。たとえば、未知なる人が歩行しようと考えたとき、空洞の僕がエネルギーを未知なる人に貸し出した結果、歩行が大きく膨らんで、未知なる人は走り出してしまう。この膨らみが怖くて仕方ない。もし未知なる人が大切な人を愛撫しようとしたとき、愛撫が大きく膨らんで、大切な人を壊してしまうならば、僕は、僕と未知なる人の両方を許すことができなくなる。この膨らみを制御できる気がしない。

季山時代

共犯者としての空洞

未知なる人の行為が膨らむこと、この帰結が悲惨なものになるならば、空洞な僕は共犯者です。この空虚な罪を償うために、何ができるというのでしょうか。

季山時代
2023.08.02