Archive Walker

信号機から革命を

二〇二三年八月十六日

信号機から革命を

赤信号を待つ男

二〇二三年八月十四日。僕は夜の散歩に繰り出していたが、信号を気にかけていた。とりわけ、押しボタン式信号機に惹かれたようで、押してはわたり、押してはわたり、この作業を繰り返していた。押しボタンと式信号機に自由を感じていたのだろう。僕はこう書いていた。

山地大樹

赤信号という社会規則

信号機。それは赤と青という名詞と、止まると進むという動詞が結び付けられた記号の形式を指し示している。赤信号は渡ってはいけないというルールは社会において徹底されている。はじめは、歩行者が車に轢かれないためにつくられたルールであるが、次第に、社会的規則が歩行者に内在化された結果、たとえ車がなくとも赤信号を渡ることは禁止されるようになる。パノプティコンのような不可視な権力が、超自我のような良心の声が、車のいない赤信号を渡らせないように呼びかける。しかしながら、禁止があるところには必ず革命があることを忘れてはならない。禁止への不満が爆発すると革命が起きてしまう。そこで革命を防ぐため、革命の方向を整えて置く装置を法の内部にあらかじめ構築すること、これ社会の常套手段である。そのために祝祭が定められるに違いない。

押しボタン式信号機と小さな革命

ところで僕は、この手許にある信号機の押しボタンに祝祭の兆しを感じている。この押しボタンには、並々ならぬ革命の匂いがする。赤信号を渡ってはいけないという禁止を、みずからの手で侵犯するための押しボタンを用意すること。押しボタンによって革命の流れを整えておくこと。歩行者の革命を合法的な枠におさめること。これらによって、法そのものは崩壊を免れる。なんと巧妙に構築されたシステムだろうか。社会はこう宣言しているということだ。「赤信号は渡るのは禁止します、ただし押しボタンで禁止を侵犯してください、その革命なら許します、自由にどうぞ」。これが、システムが歩行者に提供する自由である。合法的な革命が、あらかじめ整備されている。だからこそ、押しボタンは小さな革命の兆しがあるとも言える。もし仮に、歩行者が押しボタンを一斉に押すなら、道路は渋滞して、社会は混乱の渦に飲みこまれるだろう。革命は整えられているが、その膨張に法は耐えられないだろう。闇に溺れた少年よ、ナイフを握りしめるのをやめて、押しボタンを押しに行こう。合法的な小さな革命、この革命の膨張にこそ、僕らの生きる道がある。

季山時代

信号機の詩

赤信号が襲いかかってくるような夜
高枝切り鋏を持った男が渋谷を駆けまわっている
世界中の街頭をすべて壊してしまいたい、と男は叫んだ
オリンピックははじまったばかりだというのに
鋏の先端は綺麗な円弧を描いた
一瞬の出来事で、そして、時が止まった気がした
大きな音がなった
雷のような、ひどく乾いた音だ
信号機の表面のガラスがちぎれて、破片が床に飛び散った
自転車に乗った女が知らん顔をして通り過ぎた
赤いガラスは落ちてこなかった
破裂した透明なガラス
みじん切りされた玉ねぎ
かたいアスファルトのまな板
破片は通行人の唇に突き刺さって、赤い血が流れた
男は放心していた
熱い、熱い、と通行人が声をあげた
横断歩道の規則的なリズムがやけに心地よい
こうもりがみえた、と誰かが言った
渋谷にこうもりがいるもんか、と誰かが応えた
透明なガラスは血で赤く染まる、信号機のように
パトカーと救急車の音が近づいてくる
厭やらしいサイレン
嵐のような、ひどく湿った音
ルイ・ヴィトンの店舗から出てくる女
正義も悪も持っていないのだろう
のっぺらぼうの幽霊
壊れた信号機がこっちを見ている
誠実な視線
眩しく、そして、美しい
透明なマスクはあなたに似合わない
どうかこのままでいて
まっすぐに、ただまっすぐに、生きて
男はパトカーに押しこまれた、無抵抗のままに
通行人は救急車に押しこまれた、じたばたしながら
どこか遠くへ運ばれるのだろう
静かな夜がはじまるというのに

夜の渋谷の信号機©季山時代《透明なマスク》2023

季山時代
2023.08.16