地獄の異常者
地獄の異常者
製図試験の地獄
二〇二三年九月二日。机に向かって製図試験に向けて勉強する夢をみていた。製図試験は、ある一定のラインを満たす建物をつくる試験だから、建物に自分の表現を付加してはならず、これが地獄に感じられたのだろう。僕はこう書いていた。
山地大樹
地獄の刑務作業
僕が地獄に落ちてから、もう数年が経った思う。地獄に来てから最初の数日間は時を数えていたが、無駄だと気付いてからというもの、もう数えるのをやめた。地獄に時間はないからである。僕が担当する刑務作業は、石ころを永遠に積むというものである。石ころを意味もなく積みあげる。ある程度積みあがると、鬼が走り寄ってきて、積みあげた石を蹴り飛ばしてしまう。僕は、飛び散った石ころを拾い集めて、また高く積みあげなくてはならない。すると、また鬼が石ころを蹴り飛ばしてしまう。これが永遠に反復される。はじめは三つの石ころを重ねるだけで苦戦していたが、石を積むのにも慣れてきて、だいぶ高く積みあげることが出来るようになった。石の重心を肌で感じ取れるようになってきたのである。感覚的には十二個は積める自信がある。ただし、鬼は七個の石ころが積まれたところで必ず蹴り飛ばしにくる。多分、七個で蹴るようにプログラミングされた自動機械なのだろう。
地獄における自由
地獄は思っているより自由である。乾いた砂漠のような場所に、石ころが散らばるばかり。そこには、何人かの受刑者がポツポツといるだけで、他の受刑者と話すことも許されている。食欲も性欲もないが、眠くはなる。昼も夜もなく、いつ寝ても咎められることはないから、眠くなれば横になればよい。鬼は理不尽に暴力をふるうこともない。鬼はただ、石ころが七つ積まれたら蹴りに来るだけである。想像以上に自由なのである。はじめは他の受刑者と話していたが、次第に話すことがなくなるから、いまでは全員が無口に石を積ばかりである。たまに新人が入ってくると、皆で囲って根掘り葉掘り聞くが、結局のところ飽きてしまって、また黙々と石を積むことになる。石を積む以外やることもないのである。
地獄における苦しみ
地獄における唯一の不自由は、石を八個以上積めないことである。どんなことにもまして、石を八個以上に積めないことが苦しくて仕方ない。多分、感覚的には十二個は積めるに違いない。下手したら、二十個、三十個を重ねることも出来るかもしれない。積める能力があるのに、それを表現できないのことがむず痒い。そこで、六個の石ころを積んだものを二つ用意して、鬼が来る前に重ねてしまうことも試してみたこともあった。それは成功して、十二個の石ころで構成された塔が一瞬だけ現われた。とはいえ、鬼がすぐに来て蹴り飛ばすから持続しないし、地道に一つずつ積み上げた十二個とは何か違うのである。僕は、地道な手作業で、八個、九個、と積みあげていきたいのである。
地獄の異常者
精彩を欠いた日々が、数年、数十年、数百年と続いたある日、一人の新人が地獄へ連れられてきた。その若者は踊り続けながらこう叫んだ。
おまえ、そこのおまえだよ、俺は地獄の底で踊り続けるぞ! なあ、おまえはどうするよ? 馬鹿野郎、俺はおまえが好きなんだよ、一緒に踊ろうぜ! この灰色の地獄を、地獄のままに彩色しちまうんだ! 魔王だって、楽しくなって踊っちまうよ! そしたら、そこから全部はじめよう。天国なんていらねえ。ほら、そこの刑務作業してるおまえもさ、泣きながらでも踊ってみよう。きっとさ、地獄は美しく輝き出すに違いない! その輝きは、天国でも叶わないぜ。ダンス、ダンス、ダンス!
僕は腹が立った。そして、なぜ腹が立ったのかなど考えるまもなく、手元の石ころを思い切り若者に投げつけていた。若者は血を流しながら踊り続けていたが、しばらくして踊りを辞めて泣きはじめた。話を聞くと、地獄が怖かったのだという。若者は、自由人の演技をしているだけの普通の若者であった。僕は、若者が異常者の振りをしていることに、踊り続ける若者から漏れ出してくる健全さに苛立ったのだと気が付いた。そういえば、ここには普通の人間しかいない。まわりを見回すと、誰しもが健全に石を積むばかりである。どんなに異常者を演じてみても普通の人間しかいないこと、これが地獄の地獄たる所以なのかもしれない。なるほど、ここは異常に成りきれなかった普通の人間の集う場所なのである。僕は若者にこう声をかけてみた。
一緒に石でも積もう。ここでは、これが僕たちなりのダンスなんだ。もし八個目になったら教えてくれよ。なあ、普通の世界って思ったより綺麗なんだぜ。
季山時代
2023.09.02