たんぽぽのように美しく
二〇二四年一月二十八日
たんぽぽのように美しく
金子みすゞに魅せられて
二〇二四年一月二十八日。僕は金子みすゞの童謡を読みながら、それらの言葉が紡ぐ綺麗な雰囲気に魅せられていた。とりわけ印象的だったのは、昼の星が見えないという箇所と、天使の足が踏むところに花がひらくという箇所であり、僕は執拗に線を引いていた。また、僕が書く文章をみると、二〇二四年一月十三日の『シャンプーと泡帽子』という記録において、シャンプーという言葉を、シャンとプーという二つの語の響きに分解していたことを想い出す。シャンプーも、凛々しい音のあとに気が抜けた音が続くだろう。僕はこう書いていた。
山地大樹
たんぽぽのように美しく
たんぽぽという言葉が美しいのは、たん、という強い音のすぐ後に、ぽぽ、という気の抜けた音が続いて、あたかも綿毛が飛んでゆくような雰囲気が溢れ出しているから。地面を跳躍して空へ羽ばたく赤子を想起させる美しい言葉。そんな飛んでゆくイメージと裏腹、たんぽぽの足下の地面には黒い根っこが長く伸びている。別離するのは綿毛ばかりで、鎖に縛られた母親は地面から離れられず、腐るのを待ち詫びた抜け殻になる。死から生への羽ばたきに、黄色い花を添える母親から、儚く懐かしい夢の匂いが、ふわりふわりと立ちのぼる。
季山時代
2024.01.28
