Archive Walker

ある正夢(実現した夢の予告) ジークムント・フロイト 読書の記録

『ある正夢』はジークムント・フロイトによって一八九九年に書かれた文章である。岩波書店の『フロイト全集(3)』、講談社学術文庫の『夢と夢解釈』などで読める。ここでは、講談社学術文庫の『夢と夢解釈』に所収されたものを読んでゆく。翻訳は金森誠也が担当していて丁寧な翻訳で読みやすい。ただし、フロイト全集の方が訳語が統一されていることを考慮して、全集を手元に置きながら読んでゆきたい。この記録においては引用箇所はすべて全集からとした。ここでは、本を読んだ内容と感想を記録してゆく。自分の言葉に直しながら、自分なりに改変して解釈していることも多いので、詳しく知りたい方は原著で読んでください。ちなみに『夢と夢解釈』は、フロイトの夢にまつわる論文がまとまっていお勧めである。

『夢と夢解釈』の表紙

正夢が起こる理由夢が実現することについて

この文章が書かれたのは一八九九年である。著者はジークムント・フロイト。ほんの数ページの小さな付録のようなものなのだが、フロイトが描く正夢のメカニズムは面白い。正夢というのは、事後的に形成された産物なのである。適当な見出しを付けて丁寧に記録してゆきたい。

分析される正夢の具体例

分析される正夢の内容は以下のようなものである。B夫人が、ケルントナー通りのヒース商店の前で、かつての家庭医であったK博士に遭遇するという夢を見た。そして翌日の午前中、まさに夢に現われたK博士と夢とまったく同じ場所で出会った。ただ、それだけのことである。この正夢の内容が分析されてゆくのだが、結論だけ述べるならば、B夫人はK博士と出会ったその瞬間に、本来の夢の内容を歪めて、K博士に遭遇する夢を事後的に形成したのである。正夢というのは不思議なもので、これは正夢であるという異常な確信に特徴がある。この夢の本来の内容を理解するには、B夫人の過去に踏み込まねばならない。

B夫人の過去の物語

フロイトは、B夫人の過去のエピソードを明らかにしてゆく。ケルントナー通りでK博士に遭遇する二五年前の話であり、主要な登場人物は二人いる。二十五年後に遭遇することになる家庭医のK博士、もうひとりはK弁護士B夫人は若くして結婚していたのだが、夫の病気の看病に専念していた。看病中、K博士やK弁護士がB夫人の世話をしてくれたのだが、その時、K弁護士との不倫の関係を結ばれて、二人は情熱的に愛し合った。当時、Bにとって印象的な場面があった。その場面とは、K弁護士が恋しくてB夫人が部屋で泣いていた時、ちょうど彼が彼女を訪ねたという場面である。

これは偶然の遭遇であったが、願望の実現という印象的な恋物語の一幕であり、この一幕こそが夢の本来の内容だとフロイトは推測する。「彼女のあの夢の固有の内容は、まさにこの遭遇であって、しかもこれこそが、夢が本当になったという彼女の確信の唯一無二の基盤である」と(全3-p355)。要するに、彼女が見た夢の本来の内容は、家庭医のK博士に遭遇するという夢ではなく、この二十五年前の遭遇の場面に関連する夢だったのである。この本来の夢が改竄された結果、正夢の内容が事後的に形成された。

正夢の前日、好きな人に会う夢

印象的な遭遇の場面から二十五年の歳月が流れているが、B夫人は友人や相談相手としてK弁護士と会っていたという。二十五年前のB夫人の一人目の夫はとうに亡くなり、B夫人はK弁護士とは異なる二人目の夫をつくり、さらにこの夫とも死別していたという。ただし、どれだけ違う人生を歩んでも、B夫人はK弁護士に思いを寄せ続けていたのだろう。フロイトは探偵さながらこう推察する。夢をみる前日に、K弁護士の訪問があるのではないかと期待したが、K弁護士は現われなかったと。そして、二十五年前のような、K弁護士と情熱的に遭遇するという願望を成就する夢を見た。これが夢の本来の内容に他ならない。この本来の夢は、目が覚めると意識から消去されてしまった。

想起された夢、正夢のメカニズム

さて、その翌日。B夫人は家庭医のK博士に出会うことによって、消去された夢を想起することになる。B夫人が想起したのは「私は今朝、K博士と遭遇したのだ」という彼女の信じる内容であるが、本来の内容が歪曲されている。すなわち、愛すべきK弁護士がK博士へと置き換えられているし、場所はケルントナー通りのヒース商店へと移されている。「こうして彼女は、見た夢が成就されたという印象を持つことになった」のである(全3-p356)。このように、正夢は後から書き換えられたものであり、想起される時に歪曲されたのである。このようにして正夢は生じる。大まかな流れは以上である。

ジークムント・フロイト
ジークムント・フロイト @wikimedia一八九五年に『ヒステリー研究』を書いたフロイトは、同年に『心理学草案』を書き、想起が事後的に形成されることを見出した。すなわち、想起によって心的外傷になるということ。幼い頃、性的な事柄に対して無知であるため、幼い頃に受けた性的な外傷は、性的な事柄が理解できるようになってから想起された時に、実行力を持ち始める。この事後性は重要な概念であり、一八九九年頃の『ある正夢』や『遮蔽想起』などで細かく検討されている。

反復強迫の視点

この正夢の分析はフロイト理論のエッセンスが詰め込まれている。とりわけ着目すべきは、B夫人は過去を反復していることである。第一に、一人目の夫を失なう数年前にK弁護士と仲良くなっている。第二に、B夫人は二人目の夫を亡くして未亡人になり、再びK弁護士と仲良くなろうとしている。フロイトは一九二〇年の『快原理の彼岸』において、人間関係がいつも同じ結末に終わる人々に着目している。「女との情愛関係がいつでも同じ経過段階を踏みながら同じ終わり方に至る男」などが例として挙げられている(全17-p73)。ひょっとしたら、B夫人はK弁護士と仲良くするために、二人目の夫をわざと失なったのかもしれない。深読みしすぎだろうか。ともかく、この文章はなかなか面白いので一読をお勧めする。

夢と書き込み正夢を実現する方法

――本の感想と簡単なメモ書き

正夢は書きつけると発生しない

ここからは簡単なメモ書きであるから、読み飛ばしてください。あくまで単なるメモであり、気ままに書いた感想文です。なるほど、正夢が起きる理由は事後的な創造で、正夢は想起される時に形成されたものであり、本来の夢を歪曲したものである。フロイトは同時期の「遮蔽想起」という論文において、幼年期の記憶が想起される時、その内容が歪曲される現象に遮蔽想起と名前を付けている。想起が歪曲されるという発見はとても重要である。ところで、今回の例で着目したいのは夢がいつ想起されたかである。当然ながら、B夫人がK博士に実際に遭遇した時である。

ではもし仮に、B夫人が朝起きてすぐに夢を想起して書きつけていたならば、正夢は生じただろうか。生じるはずがない。なぜなら、正夢は現場での想起によって生じるのであり、すでに想起されたものに対しては起き得ないからである。フロイトも丁寧にこう書いている。「この夢を見て目覚めてすぐの朝に、そして散歩に出かけるよりも以前に、この夢を想起していたかどうかが、どうもはっきりしていないのである。つまり、夢が成就されるに先立って、朝起きてすぐに夢を書き付けたとか誰かに語ったとかいう証左がないのである(全3-p353)

不思議のメモ帳の書き込み、その想起の書き込み

一九二五年に『不思議のメモ帳』の論文において、書き込まれたものが痕跡として残ることが明らかとなり、痕跡がいかに想起されるのかという観点が着目された。しかしながら、正夢の分析から分かるのは、想起された痕跡が書き込まれた時、その書き込みはそれ以上のものを産まないということである。朝起きた途端に夢を想起して、それを手帳に書きつけた場合、その書き込みは死んでいるのであり、それ以上の効果を産むことはない。書き込まれたものと、想起されて書き込まれたもの、この両者は違う位相にあるに違いない。それをワックス板にひとまとめにするのはあまりに乱暴ではないか。文章を書くにしても、一度書いた文章には興味がなくなってしまうのも似たようなものだろう。

古来の言い伝えと正夢

こうした解釈であるが、日本の古来から言い伝えと一致する。例えば、「良い夢を見たら四つ前は人に話すな、悪夢は人に話せ」というものがある。別の例では、悪い夢を見たときは起きてすぐに獏に食わせてしまえば悪難を逃れるというものがある。兎にも角にも、文献を漁ってみると「悪夢は朝起きてすぐに吐き出してしまえ」という態度が共通しているように思える。これは、悪夢を起床してすぐに想起することによって、悪夢が正夢となることを予防していると考えられないだろうか。

そう考えると、吉夢を人に話さないと言うことも理解できる。吉夢は想起しない方が現実になりやすいわけだ。これからは、悪夢を見たらすぐに想起して書き出し、吉夢を見たら想起して悦びに浸るのは止めなくてはならない。正夢を実現するためには、夢を書き出したり、人に話してはならず、想起しないようにしなければならない。ともかく、フロイトの『ある正夢』の考察はなかなか面白く、書き込みの性格について再考するきっかけになりそうである。夢に興味がある方は、ぜひ一読して欲しい。

貘
貘 @wikimedia悪夢を食べる動物として貌(ばく)は有名である。補足すると、中国において、貘が夢を食べるという言い伝えは見られず、その代わりに伯奇(はくき)が夢を食べる動物として知られている。日本の貌は室町時代頃から見られるとされるが、なぜ伯奇が貌にすり代わったのかは不思議である。